「貴様ら!!何を考えてやがる!!」

遠野家の居間では現当主遠野四季が二人の男に罵声を浴びせていた。

歳は双方とも四・五十代、一人は小太りの男で笑顔こそ讃えているがその開いているのかどうかすら判らない糸眼は妙にぎらぎらと光っていた。

もう一人はぎすぎす痩せ細った、陰険な空気を全身に讃えた男。

前者は久我峰家現当主、久我峰斗垣(くがみねとがき)、後者は刀崎家現当主、刀崎爽刃(とうざきそうは)。

共に四季の後見人として遠野家を支える双璧と言える。

その彼らへの怒り、それは数日前に遡る。

その日の朝、遠野家正門にロープで縛られた屈強な男達十数名が鮪の様に見事に発見された。

彼らから事情を問い質した所、彼らは斗垣、爽刃の依頼を受けて七夜志貴の襲撃を行い無様に失敗した事が判明、二人を屋敷に呼び出し四季が直接叱責している所だった。

七『蠢動』

「しかしですな四季様、憎き七夜が我が領域にいるのですぞ、そこにいつまでも獅子身中の虫を置かれる訳には・・・」

まったく応えていない様な斗垣の声に四季の怒りは更に膨れ上がる。

「やかましい!!浅知恵を働かすな!!七夜志貴は俺がこの手で殺す!!この件に関しては一切触れるな!!」

四季の怒号に爽刃は慇懃に一礼をし

「畏まりました。久我峰の、行くぞ」

「はい、それでは四季様私もこれで失礼いたします」

そう言うと、二人は居間を後にした。

その態度は恐縮したと言うよりも四季の怒号に辟易したと言った方が良かった。

「・・・くそっ!!あいつら!!」

苛だたしげに四季はテーブルを叩く。

その光景に他の使用人たちも遠巻きに当主を見やるだけである。

「お兄様・・・」

やがて四季の傍らに秋葉が寄り添う。

「秋葉か・・・すまんな。やかましかったろう?」

「いいえ・・・ですが刀崎も久我峰も最近お兄様を蔑ろにしすぎです」

秋葉の苛立ちげな声に、四季もやや落ち着いたのか幾分穏やかな声で妹を諭す。

「それを言うな。連中からして見れば『俺はまだ未熟者』だって言う事だろうしな」

「それでもお兄様の手腕も確かなものの筈です」

そう現に四季の的確な経営手腕は斗垣・爽刃の助けがあったにしろ遠野グループの業績を右肩上がりで上昇を続けている。

だが、それから四季と斗垣・爽刃の関係はギクシャクしたものになっていた。

態度や言葉の節々から四季の成長を疎ましく思っているのは明らかで、おそらく十年前自分を当主として担ぎ上げたのも自分を傀儡にするつもりだったのだろう。

「お兄様・・・先日からのお願いですが・・・」

思案に暮れていた四季に秋葉がおずおずと話しかける。

「駄目だ。七夜の実力は底が知れん。お前を危険な目に合わせる訳には行かない」

にべも無く、最後まで聞くこともせずに四季は言う。

妹のお願いの内容はわかっていた。

秋葉は自宅通学を始めた頃から四季に七夜志貴殺害を手伝わせてくれと頼んでいた。

確かに秋葉の遠野としての能力は極めて高い。

しかし、四季にしてみればいまだ志貴の実力が判明していない以上妹を危険な目に合わせる訳には行かなかった。

この様に四季は七夜を憎悪しているが決して七夜の力を過小評価はしていなかった。

「ですが・・・」

「ともかく七夜については俺に任せろ秋葉、お前の分まで親父の仇を討ってやる。何しろ七夜は卑劣な手で親父を殺したんだからな

そう言うと四季はその話は終わりだと言わんばかりに居間を後にした。







一方屋敷を後にした斗垣・爽刃の二人は屋敷に戻らずある工場に足を運んでいた。

そこは遠野グループ・・・それも久我峰系列の企業の工場であった。

「これはこれは・・・お二方ともご足労を・・・」

「能書きは良い。それよりも例の件、首尾はどうだ?」

「はい、『KKドラッグ』の培養は順調です」

そう言いながら二人を迎えた男は説明を始める。

「まったくもって素晴らしい。『KKドラッグ』を投与する事で筋力を始めとする全ての身体能力が驚異的に跳ね上がります。すでに欧州等で行われた実践テストも完了、『KKドラッグ』の実用販売も時間の問題かと」

「そうか・・・」

「ただやはり理性の欠如は未だに未解決ですが・・・」

「構わん。用は我らの命だけを素直に聞く忠実な兵士であれば問題ない」

「左様ですよ主任。そちらの問題についてはどうですかな?」

「はい、それに尽きましても投与前には素体に暗示を掛け投与後は特殊なコマンド遂行用のチップを脳内に埋め込む事で解決済みです」

「そうか・・・でそれは」

「この調子で行けば計画発動には充分に間に合います」

「結構です・・・それと『B・K』の状態は?」

斗垣にそう問われた男は先ほどとは打って変わって自身無さそうに答える。

「は・・・こちらに関しましては未だに制御不可能です」

「未だですか・・・まあ仕方ありますまい」

「そうだな、元々そちらが制御困難だからこそ、こちらに計画を移行したのだったな・・・で、今『B・K』は?」

そう問われた男は端末を操作する。

すると、画面がある一室を指し示す。

そこは厳重な工場の中でも更に厳重な一画、そこで保管されているのは一つのカプセルだけだった。

現代の最新の技術を持って製造された複合合金を何重にも重ねて創り上げたカプセルに液体窒素を注ぎ込み、その中にはそれが封印されていた。

「このカプセル内で冷凍保存中です」

そう言った男の声は若干引きつっていた。

だがそれも無理らしからぬ事。

このプロジェクトが発動され始めて起動した時それは縦横無尽に暴れ回り、研究員の三割と警備員の七割の命を犠牲にしてようやく完全に拘束出来たほどだった。

それ以後、毎日リットル単位での睡眠薬を投与しそれが睡眠に陥っている僅かな時間を利用し研究に明け暮れ、その結果得たのが『KKドラッグ』だったのだから。

「状態は?」

「はい・・・整備は整っておりますので起動させようとすれば何時でも・・・しかしながらこれは危険すぎます。それに・・・」

意見を述べようとした男であったが直ぐに遮られる。

「おっと主任、貴方は私達の指示通り作業を行えば宜しいのですよ?誰も貴方に意見は求めていません」

「これの保存は細心の注意を払い行え」

斗垣は糸目を微かに見開き男をじろりと凝視し、爽刃はその光景を一つ肯いて確認すると冷徹な声を男に浴びせてから斗垣と共に工場を後とした。







刀崎邸の爽刃の部屋にて爽刃と斗垣は深夜に会談を行っていた。

「傭兵共が、まったく持って使えんな」

「そう言うものではありませんよ爽刃殿、おかげで七夜志貴の戦力がある程度見込みがついたではありませんか」

怒りと失望を込めた声を発する爽刃に対して斗垣はまったく対照的に表向きは笑顔を絶やす事無く宥める。

だが爽刃の怒りは最もだった。

発見されて直ぐに爽刃は傭兵達に事情を確認した所、包囲の所までは覚えているがその後の事は綺麗さっぱり忘れ去っている有様だった。

「ただ結局、収穫はそれだけ。後は諜報活動に寄って判明したのは七夜志貴の自宅にはかつて七夜黄理が養子として預かった巫淨の双子姉妹と異国の女が三人いると言う情報のみ」

「そうでございますな・・・所で巫淨と言う事は・・・」

「ああ、あの双子には感応能力が備わっている。どちらにしろあの二人はどう足掻いてでも手に入れなければならん・・・手に入れればいくらでも使い道はあるからな」

「そうですね・・・我らで使っても良いですし、他の混血に対するカードとしても使える・・・それにしても・・・四季様も大分眼障りとなってきましたな・・・」

「ああ、幼少の頃はさほど才覚は無いであろうと見て我らも好き勝手行えたのだが・・・」

斗垣の言葉に爽刃も苦虫を噛み潰した表情で肯く。

「まさか四季様にあれほどの才覚を有していようとは思いませんでしたな・・・」

「まったくだ。今の所は経験不足を金科玉条の如く振りかざしているがそれもいつまでもつか・・・」

「爽刃殿・・・もはや手段を選んでいる場合はありますまい・・・」

「あの計画を起こすのか?久我峰の」

「はい、若干の変更点を加えて、今の時点で四季様、秋葉様ついでに七夜志貴を抹殺し、巫淨の娘を我々の手に入れ、遠野の実権を名実共に我々の手中に納める・・・」

「ほほう?それは面白い、でどの様な変更を加える?」

「はい、それは・・・」

奸臣二人の謀略は深夜まで及んだ。







それと同時刻・・・ある家に電話がかかった。

「はいもしもし・・・ああ、君ですか?どうかしましたか?・・・ふむ・・・爽刃殿と斗垣殿が・・・そこまで・・・やはりここは七夜に助力を請うしかないですね・・・ええ、幸い今七夜当主の息子がいると言う情報があります。近い内に彼と接触しましょう・・・話ですと理知的な好青年と言う話ですから・・・それと斗波君や王刃君にも連絡を取って下さい。ああ、それと部隊の中でも精鋭に関しては例の地点の隠密警護を・・・はい至急です。お願いしますよ」

そう言って受話器を置く。

「ふう・・・止めなければならないでしょうね・・・このままだと遠野は彼らの手で暴走してしまう・・・それは食い止めなければ・・・ルビコン河を渡る時が来ましたか・・・」







数日後、遠野秋葉は斗垣に『大至急の知らせがある』と呼び出された。

「それで久我峰、知らせというのは何なの?」

「はい、実は・・・四季様より七夜志貴排除の補佐を頼むと言い付かりまして・・・」

「本当なの!!」

思わぬ知らせに身を乗り出す秋葉。

「はい、つきましては七夜志貴の写真をお渡しせよとの事で・・・こちらです」

「そうありがとう・・・!!」

秋葉はその写真を見て絶句した。

そこに写っていたのは紛れも無くあの日自分を不良から助けてくれたあの青年。

自分の名を名乗る事無く自然に立ち去ったあの青年。

ほんの一瞬にも拘らず未だに秋葉の心に鮮烈に印象付け、忘れる事の出来ないあの青年が・・・

「く、久我峰・・・この人が・・・」

「はい、七夜志貴、現七夜当主七夜黄理の一人息子です」

「そ、そう・・・で、お兄様は私に何をしろと?」

「はい・・・実は・・・」







「なんだと!!秋葉が!!」

「はっ・・・我々の制止を振り切り七夜志貴を始末せんと乗り込みまして・・・逆に捕らえられたと・・・」

突如の凶報に四季は絶句し爽刃は淡々と事実のみ伝える。

「貴様!!何を考えてやがる!!なぜ秋葉に奴の情報を話した!!」

「四季様、秋葉様も我らにとっては主でございます。主の命に逆らえと四季様は仰るのですか?」

「くっ!!で・・・秋葉は無事なんだろうな」

「それはご安心下さい。刀崎の諜報部隊が秋葉様のご無事と所在の確認を完了させております」

「わかった!!俺が秋葉を迎えに行く」

「では私と我が直轄部隊が護衛に参ります」

「ああ、頼むぞ」

そう言うと、四季はその場を後にする。

「・・・ふっ・・・たやすいもの・・・所詮はまだまだ小僧だな」

そんな四季に爽刃は冷笑を人知れず浴びせ掛けた。

それから爽刃は携帯電話を取り出すと連絡を取る。

「私だ。首尾は?・・・そうか・・・私も完了した。後は役者が私達の用意した舞台に上がり無様に踊り転げるのを待つだけだ。ああそれと『ターゲットF』については・・・状況を確認次第確保も行え」







同時刻、志貴は一人工場地帯に足を踏み入れていた。

それは志貴の元に届けられたある情報の確認の為だった。

『遠野がこの工場で対七夜戦闘部隊を育成している』と、里から受けたこの未確認情報を受けて志貴は単身潜入を敢行していた。

翡翠達も同行を頼んできたが志貴はこれを許可しなかった。

理由としては琥珀に翡翠は戦闘能力は高いが今回のような隠密潜入には極めて不慣れである。

アルクェイド・アルトルージュも同様でこちらに関しては不慣れを通り越して不向きとしか言いようが無い。

最後のシオンは向き不向きで言えば向いているがこちらは身体能力に不安が残る。

それ故に志貴は単独行動に打って出て残りは自宅で待機させたのだ。

遠野の目的に翡翠・琥珀の確保もある以上二人の身の安全をおろそかに出来なかった。

その意味ではシオン達がいれば何の不安も無い。

エレイシアにも連絡を取ろうとしたが生憎彼女は埋葬機関の指令で異端狩りに出ており不在だった。

「えっと・・・ここか・・・」

そう呟くと志貴は廃工場の内部に潜入する。

「??・・・妙だな・・・」

不意に志貴は首を傾げる。

廃工場は異様なほど静かだった。

(主よ・・・)

(どうだ?)

(やはり誰もいらっしゃいません・・・中央に一人以外)

(一人?)

(どうも身動きできぬ様子・・・様子を見定めてみては?)

青竜の進言に肯いた志貴は工場の中央部分に足を運ぶ。

果たしてそこには・・・

「??この子は・・・」

椅子に縛り付けられてぐったりとしている黒髪の鮮やかな少女がいた。

良く見れば数日前学校の前で不良に絡まれていたあの少女だった。

「こいつは・・・一体・・・」

疑問を抱きつつも縄を切り横にする。

おそらく睡眠薬か何かで眠らされているようだ、安らかな寝息を立てている。

(主よ・・・よもやこれは・・・)

(罠かな・・・)

そう呟いた時、後ろから膨大な量の殺気が志貴に叩きつけられる。

振り返るとそこには

「四季・・・」

「てめえ・・・妹に・・・秋葉に何をしやがった!!」

怒髪天をつくとはこの事か、四季は今までとは比にならぬ量の殺気を志貴目掛けて浴びせかけてている。

「妹だと・・・」

「まだとぼけるか!!白々しい!!」

呆然とした志貴の言葉に四季の怒りは更に膨れ上がる。

「四季、信じてもらえないと思うが・・・」

志貴の台詞は最後まで発せられる事は無かった。

「問答無用だ!!」

そう叫ぶと獣じみた速さと動きで志貴に肉薄する。

「うおおおおおお!!」

雄叫びを上げながら浴びせられる一撃を志貴はさっとかわし、逆に胸元を斬り付ける。

「くっ!!」

四季は間合いを取る。

傷は深くないもので血が滲んでいる程度だ。

「くそっ!!そっちがその気なら・・・」

そう言うと、四季は浅い傷に指をねじ込む。

「!!」

ねじ込まれるたびに傷は深くなり血が指を汚していく。

やがて傷口から引き抜いたその手は血で真っ赤に染まっていたが、次の瞬間血は真紅の色の短剣に化していた。

「血が・・・」

「そうさ、これが俺の遠野としての能力・・・俺は自分の体液を自在に操れる。汗・唾液なんでもな・・・そして俺の体液が入った液体も・・・」

「そうか・・・ただの水が弾丸になったのもお前の体液が混じった所為で・・・」

「そう言うこった。最も一番効率が良いのは血だがな」

そう言うと、四季は短剣が投げつけられる。

「くっ!!」

弾ききれないと判断して、咄嗟に志貴は跳躍して交わすが、地面に何時の間にか水が撒かれていた。

「へっ、かかったな」

四季はその水溜りにまだ手に付着した自身の血を数滴撒き散らす。

「志貴・・・死ねや」

その瞬間水溜りの水が剣山の如く着地しようとする志貴を待ち構える。

「!!!!」

そしてその剣山に貫かれると思われた瞬間、

―極鞘・玄武―

志貴は手に現れた『聖盾・玄武』に身を隠すように剣山に突っ込み、防ぐだけでなく逆に砕く。

「な、なんだと!!」

四季は突如現れたその盾に驚愕している様だった。

(やばかった・・・玄武助かった)

(礼には及ばぬ事でございます。主よ・・・これは我らの使命故)

そんな精神会話の最中において

「まあ良いさ。これはこれでおもしれえからな」

そう言うと自身の足元を濡らす水に触れる。

その瞬間水は四季の汗と血を吸い込み急速に一本の剣に形を返る。

「くっ・・・四季、どうしても未だやるのか?」

「当然だ。予定だったらもう少し泳がせておく気でいたが秋葉を攫う様な奴に手心を加える気はねえ。貴様をばらばらに刻んでその死体を七夜黄理に送り付けてやる。そうすりゃ少しは判るだろうよ。過去自分がやった罪の重さって奴がな!!」

その言葉と共に四季は正眼の構えから斬りかかる。

「うおりゃああああああ!!!!」

気合の篭ったその一撃を盾は見事に防ぐ・・・いや、この世に『聖盾・玄武』を砕ける武器は現時点で二本、同じ神具の『神剣・朱雀』と『豪槍・青竜』しかない。

守りに何の不安は無かったが、唯一の泣き所としては攻めの力が極端に衰えてしまっている事だった。

『直死の魔眼』を使用すればそれも補えるが四季との戦いであまり使いたくは無い。

あれはあくまでも大きく踏み外した外道しか使わない・・・それはともすれば死に深く踏み込む危険が常に付きまとう志貴自身が自らに課した掟だった。

「四季!!確かに俺達はお前の父親を殺した!!だがその憎悪は何故なんだ?何故そこまで七夜を憎む?」

「とぼけるな!!!十年前七夜は・・・七夜共は俺達に奇襲を仕掛け人質を取った挙句親父をなぶり殺しにしやがったくせに!!!

「なんだと!!」

「そうです!!」

第三者の声がこの工場に響いた。

二人が振り返るとそこには何時の間にか気付いたのか四季が秋葉と呼んでいた少女が立っている。

その視線は怒りに満ち溢れている。

「七夜は遠野の屋敷に襲撃を掛けて幼い私やお兄様を人質に取った上で、お父様を私達の目の前で切り刻んだんです!!」

志貴は絶句した。

「はっ、ようやく判ったか?自分達が犯した罪の重さって奴が」

「ちょっと待て」

ようやく志貴は声を発した。

「四季、お前達はそう言う風に教えられているのか?七夜が遠野に襲撃を掛けたと」

「教えられた?まだしらばっくれるか!!俺と秋葉はそれを眼にしているんだよ!!」

「なんだって・・・」

それこそありえない。

なぜなら・・・

「じゃあ、知っているか?」

「何をだ!!」

「その当時七夜は組織から離脱して暗殺自体から身を引いていた事を」

「??」

「なんですって?どういう意味ですか?」

「そのままだよ。七夜は十六年前、つまり俺が生まれた年に一度組織を抜け六年間隠遁していた」

「なんだと白々しい嘘を吐きやがって、じゃあ今七夜は何をしている?『七つ月』と言う退魔組織を率いているだろう!!」

「俺達が一族だけの組織を創ったきっかけはなんだと思う?・・・遠野は十年前俺達に襲撃を掛けたんだよ。それもそれを率いていたのは他ならぬ遠野槙久・・・お前達の父親がな」

「な、なに・・・」

「えっ?」

その言葉に動きを止める四季。

「う、うそ・・・嘘です!!それこそありえません!!!お父様がそのような事をするなんて!!!」

秋葉はその発言に絶叫して否定する。

「信じたくないのは判る。俺だって逆の立場だったらそう言うだろうからな・・・しかしな、こいつは事実だ。紛れも無いな・・・」

志貴の言葉に四季の攻撃の手が完全に緩んだ。

「ば、馬鹿な・・・じゃあ俺が見たあの光景はなんだ?親父を何十回と斬り付け、肉の塊としたあの七夜黄理は」

「更にもう一つ訂正だ、四季。父さんは得物で刃物を使った事なんて一度も無い」

「なんだと?」

「父さんは鉄の撥を自身の得物としていた。それで骨を砕いたり標的の身体に風穴を開けたりした。斬り付けたなんて事は一度も無い。そしてこいつは酷な言い方だが、例え遠野が強大な一族であるとしてもだ、遠野槙久が人質を取らないと殺せない程の相手とは思えない」

「・・・・・・」

四季は完全に動きが止まった。

その時志貴の嗅覚は不審な匂いを嗅ぎ取った。

(これは・・・油・・・それもガソリン??)

(主よ!!この一帯に火が放たれました!)

朱雀の緊迫した声に志貴の表情が歪む。

「なんだと!!一体誰が!!」

志貴の言葉と同時に工場のあちこちから黒い煙が立ち昇り、志貴達の足元を侵食していく。

咄嗟に入り口を見るがそこは既に業火で通る事は出来ない。

「くっ!!四季!!妹をつれて二階に上がるぞ!!」

「あ?」

「何をしている!!死にたいのか!!」

暫し呆然としていた四季だったが、志貴の一喝で我に返る。

「ああ!!秋葉!!こっちだ!!」

志貴達三人は慌てて階段を上がるがその時既に廃工場のあちこちから火の手が上がりその業火は入り口すら塞がれていた。

「なんだ!!これは!!おい!!刀崎何をしている!!」

四季の絶叫に対して返されたのはスピーカーから流れ出る嘲笑だった。

『・・・四季様ご苦労様でした』

その声は爽刃だった。

「爽刃?貴様何のつもりだ!!」

『四季様、貴方はここで七夜志貴と秋葉様共々死んで頂きます』

「なんだと!!」

更に激昂する四季をよそ目に志貴は落ち着き払っていた。

「そう言う事か・・・ここに俺と四季そして秋葉を集め一網打尽にして殺す。大方ここで対七夜部隊編成を行うと言うのもお前の偽情報ということか・・・計略としては三流だな」

返答は人を子馬鹿にした嘲笑だった。

『・・・負け惜しみですね。その三流の計略にかかった君は四流・五流ということですよ。それと・・・君が死んだ後の事は心配しなくても良い。直ぐに七夜一族は君の後を追うのだから。それに君の自宅にも私の部隊が向かっているからあの娘達もせいぜい可愛がってあげますよ』

「・・・止めた方がいいぞ。あんたらがどれだけの力持っているか知らないが身の程知らずな事は止めておけ」

志貴としては老婆心も極まる助言だった。

しかし、勝っていると錯覚している相手には通用する筈も無く、

『ははははははは・・・命乞いですか。せいぜい恐怖に怯えて地獄に堕ちてください。では四季様、遠野一族につきましても私めにお任せ下さい・・・どうぞ安らかにお眠りくださいませ』

それを最後にスピーカーから音声は切れその代わり、工場のあちこちから爆音が響いてきた。

よくよく見ると工場の随所にガソリンやダイナマイト、果てにはプラスチック爆弾が偽装されて置かれている。

「ちっ、どうも先方は俺達を火葬じゃなくて爆葬に施す気だ。この分だとこんな工場直ぐに崩壊するな・・・」

「ちくしょう・・・」

「お、お兄様・・・怖い・・・」

志貴が冷徹な表情でそう評する中、四季は震える秋葉を抱きしめて己の無力さを罵っていた。

「四季・・・」

「な、なんだ?」

「・・・俺はお前に俺達七夜を恨むなと言う気は無い。だがなこのままだとお前ピエロだぞ」

「ああ、その通りだ。俺はあいつらの謀反に気づく事が出来なかった!!その挙句秋葉を・・・」

「そこで提案だが・・・休戦しないか?」

「なんだと?」

「ここから無事に脱出する手段が無い訳じゃない。それを使えば妹さんもお前も無傷で助けられる。俺に賭けてみる気は無いか?」

「なんだと?この業火の中を?本気か?」

「ああ」

四季の疑問の声に短い返答を返す志貴。

同じ名を持ちながら魔と退魔に生きる二人の男は暫し互いを凝視する。

それは短い時間だったが四季は肯く。

「判った。秋葉を守れるなら憎い仇敵だろうが魂を売ってやる・・・お前との決着は謀反人を処断してからだ。それと志貴、俺はともかく秋葉には傷一つ付けるなよ」

「安心しろ。傷どころかこの綺麗な髪を一本たりとも焦がさないさ」

その言葉に思わず秋葉は赤面する。

だがそれに気付かない志貴は

「さて、四季、彼女と一緒に俺の傍に」

「ああ」

三人がまとまると同時に、工場全体が爆発と業火に包まれた。

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